吾輩は猫である。名前はまだ無い。 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕まえて煮て食うという話である。しかし猫としては習慣であるから仕方がない、ただでさえ他の猫に比べて肉が美味いのだから仕方がない、肉が美味いんだから仕方がないといった心持ちでしばらくは生活した。 しかし一度ぐらいは考えないといけまいと思っている。そうして考えてみるといささかも猫ながら考えすぎてしまった。ある所で吾輩は考えるのをやめてしまった。どうもあの書生というのは考えるのが嫌いらしい。